歌鳥のブログ『Title-Back』

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【過去作品サルベージ】消しゴムの使い方

   消しゴムの使い方

 今でもはっきり覚えてる。彼女が僕に、この消しゴムをくれた時のこと。
「じゃーん! いいもの作りましたよ~!」
 科学部の部室を尋ねた僕に、彼女は小さな装置を手渡した。見た目と大きさは普通の消しゴムと同じ。ただしケースの代わりに、基板と複雑に絡み合うケーブルで覆われていた。
「リアル“頭の消しゴム”です!」
 自慢げに胸を張った彼女。よれよれの白衣はサイズが大きすぎて、今にも床に引きずりそうだった。胸元には絵の具の染み、膝には薬品か何かの染み。何度も折り返した袖、そこから伸びる小さな手。得意そうな彼女の笑顔。よく覚えてる。
「この消しゴムを使うと、頭の中にある嫌な思い出が、きれいさっぱり消えるのです!」
 まともに活動している科学部員は彼女くらいで、部室はほぼ彼女の個室となっていた。彼女はそこでおかしな発明品を作っては、僕に自慢した。
 嬉々として消しゴムの使い方を説明する彼女は、宝物を自慢する子供のように見えた。僕はバカみたいに何度も頷きながら、彼女の声に耳を傾けた。

 写真みたいに正確に思い出せる。あの日の放課後のこと。懐かしい思い出のひとつだった――ついこの間までは。
 僕はひとり部屋にこもって、例の消しゴムを弄んでいる。今すぐこれを使うべきなのだろうけれど、その決心がつけられないでいる。
 あれから何度も、消しゴムは僕を救ってくれてる、はずだ。もちろん僕の頭にその記憶は残っていないけれど、この消しゴムに助けられたっていう事実は覚えている。たぶん小さなミスや些細なつまづきを、僕の記憶から消したんだろう。
 今僕の頭には、苦い記憶がいっぱいに詰まっている。きれいさっぱり、すべてを消してしまいたい。けど、それができない。
 彼女に関する記憶をすべて消せば、あの放課後の出来事も消えることになる。この消しゴムの用途、使い方。それを説明する、彼女の弾んだ声。眩しい笑顔。
 消してしまえば、僕はこの消しゴムの使い方を忘れてしまう。もう二度と、この消しゴムを使えなくなる。
 がらんとした部屋の中。僕は手の中で消しゴムを転がしながら、これを使うべきかどうか、ずっと考え続けている。


 過去作です。『スケッチブック』の神谷先輩をイメージして書きました。語り手は根岸くんではないと思います。