歌鳥のブログ『Title-Back』

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代わってもらった

   代わってもらった

 私はオカルトを信じない。
 霊とか死後の世界とか、信じたことはなかった。もちろん生まれ変わりも。
 だからあの日、公園で男の子を見かけた時も、怖いとは思わなかった。ただ心配だっただけ。
「ねえ見て。あの子、なにやってんだろ。こんな時間に」
 ひとりの男の子が、ブランコに座っていた。
 もう肌寒い季節なのに、薄いTシャツと半ズボン。ブランコを漕ぐでもなく、じっと自分の足元を見つめている。
 まわりは真っ暗で、他にはだれも見当たらない。真夜中の公園にいる男の子の姿は、不気味で、異様だった。

 「あの子? どこ? なに言ってんの?」
 今は夫だけど、この時はまだ恋人だった。彼は不思議そうにあたりを見回した。
「ほら、あの子。ブランコの」
「誰もいないよ」
 彼はまだ気づいていない。暗いから見えないんだろう、と私は解釈した。
 とにかく、放ってはおけない。迷子なら通報しないとだし、迷子じゃないなら……わからないけど、どうにかしなきゃいけない。
 近づいて、話しかけてみた。
「ねえ。君、なにしてるの?」
 男の子はびっくりして顔をあげた。落ち着いた、賢そうな顔の子だ。
「……なにもしてない」
「家はどこ? 迷子?」
「迷子じゃない。家はあっち」
 公園の外を指さす。すっと伸びた腕は、はっとするほど白い。
「なら、家に帰ったほうがいいんじゃない? 寒いでしょ」
「寒いよ」
 こくん、とうなずいた。声が寒そうに震えていた。
「寒いけど、帰れない」
「どうして?」
「ママが叩くから」
「え……」
 思わず言葉を失った。と、彼が後ろから肩を叩いてきた。
「なあ、さっきからなにやってんだよ。なに一人でぶつぶつ言ってんだ?」
「…………え?」
 この時ようやく、私は異常に気づいた。
「一人って……この子、見えないの?」
「誰もいないだろ」
 彼は真面目だった。そもそも、こういう時に冗談を言うタイプじゃない。
「じゃあ……この子……」
 私にしか見えていないんだ、と、はっきり理解した。
「ママが友達連れてきてて、ボクが邪魔だって。家にいたら叩くって。だから、ボク家にいられない」
 男の子は淡々と、独り言みたいに語った。
 その言葉はじんわりと、寒さが身体に染みこむみたいに、私の心に染みこんできた。
 彼に姿が見えないということは、この子は――。
 それなのに、この子は未だに家に帰れないでいる。この寒空に、震えながらじっと耐えている。ブランコに座って、ただ時間が過ぎるのを待っている。
「そう。大変だね」
 お腹に力を入れて、涙がこぼれるのを我慢した。泣きたいのは男の子のほうだ。
「寒いし、お腹へったよ。早く帰りたいな」
 男の子は、私が持つ買い物袋に気づいたようだった。
「お姉さん、今から帰るとこ? それ晩ごはん?」
「そう。2人で晩ごはん。このお兄さんと」
「……」
 彼は複雑な顔をしただけで、なにも言わなかった。私のただならぬ様子に、口出しを控えてくれていた。
「いいなあ、お鍋。ボクお鍋好きだよ」
「私も好き。お鍋、おいしいよね」
「うん。もうずっと食べてないけど」
 こらえていた涙が、そこで溢れだした。
「それなら、家に来る?」
 深く考えずに、気づいた時にはそう言ってしまっていた。
 男の子は驚いた顔をした。
「いいの?」
「全然いいよ。一緒に、お鍋いっぱい食べよう」
「ありがとう!」
 ぱっと顔を輝かせた。けど、それは一瞬のことだった。
「……でも……ダメだよ。ママに怒られる。また叩かれる」
「大丈夫。ママには内緒にするから」
「うん……でも……」
 男の子は迷っていた。震えながら。
 きっと、この子のママは男の子を待ってはいないだろう。
 でも、それをこの子にわかってもらうには、どうすればいいだろう。
「なら、家の子になる?」
 また、深く考えずに言ってしまった。
「えっ?」
「家の子になればいいよ。私がママになってあげる」
「え、でも……」
「絶対に叩いたりしない。寒い日に追い出したりもしない。お鍋たくさん作ってあげる」
「……」
 男の子はしばらく悩んでから、ためらいがちに口を開いた。
「あのね……お鍋も好きなんだけど」
「うん?」
「ボク、ホットケーキが好きなの。ずっと前、ずっと小さい時、ママが作ってくれたの、すっごくおいしかったから」
「ホットケーキかあ。うん、いいよ。作ってあげる」
「本当? 作ってくれる? 毎日?」
「毎日はダメだけど、時々ならね」
「どのくらい時々?」
 ブランコから身を乗り出して、男の子は勢いよく尋ねた。
「んー、そうだなあ。週に一回くらいかな」
「そんなに? すごい!」
 男の子はぴょんと立ち上がって、そして大きくうなずいた。何度も何度も。
「いいよ! ボク、お姉さんの子になる!」
「そう……よかった」
「えっと、今すぐはダメだけど、でも絶対行くから。絶対お姉さんの家に行って、お姉さんのところに生まれてくるから。それまで待ってて!」
「うん。待ってる。約束だよ」
 私は小指を差し出した。男の子が小指を伸ばして、私のにからませた。
 指は素通りしてしまったけど、男の子は満足そうだった。私も、それで納得した。
「約束だよ! 絶対だよ! 約束だよ――」
 そう繰り返す声は、だんだん小さくなって……同時に、男の子の姿もだんだん薄れていった。
 その姿が完全に見えなくなるまで、私はじっと見守った。
「大丈夫?」
 彼がためらいがちに声をかけて、私にハンカチを貸してくれた。
 その夜。二人で鍋を挟みながら、私は男の子との会話を彼に説明した。
 黙ってすべてを聞き終えると、彼は「それなら、その子のために家庭を用意してあげなきゃ」と言った。
 突然のプロポーズで驚いたけど、彼は前々から準備していたようだった。私はもちろん受け入れて、その半年後、彼は夫になった。
 さらにその一年後、私は元気な男の子を産んだ。
 まったく手のかからない、良い子すぎるくらいの子だった。順調に、すくすくと元気に育ってくれた。夜泣きで叩き起こされることもなく、好き嫌いで悩まされることもなく。
 ただ、大好物はあった。ホットケーキ。
「今日のごはん何にしようかな。何食べたい?」
 そう尋ねると、息子は必ずこう答えた。
「ホットケーキ!」
「また? おととい食べたばかりでしょ」
「でもママ約束したよ。ホットケーキたくさん作ってくれるって!」
 ムキになってそう言うと、息子はすこし心配そうに私の顔を見る。
「ママ、忘れちゃった?」
 ――もちろん覚えている。あの男の子との約束は。
 息子が生まれてから……いや、妊娠がわかってから、あの男の子のことは一日だって忘れたことはない。
 私はオカルトを信じない。生まれ変わりだって、もちろん信じない。
 あの夜のこと、あの公園で会った男の子のことは、私自身どう考えていいのかわからなかった。
 ただの私の気のせいかもしれない。あの子は近所の気の毒な男の子で、暗かったから夫に見えなかっただけかもしれない。
 それとも、あの子は本当に幽霊だったのかもしれない。あの時の約束どおり、生まれ変わって私のところに来てくれたのかもしれない。
「生まれる前のこと、覚えてる?」
 前に一度、息子にそう訊いたことがある。
「まっくらで怖かった。人がいっぱいいた」
「人? いっぱい?」
「うん。順番待ってたの。生まれる順番」
「そう……」
「約束したでしょ? だから、順番代わってもらったんだ。それでママのところに来たの」
 その記憶も、息子の想像かもしれない。幼稚園で読んだ本を元にして、息子が頭の中で妄想を組み立てたのかもしれない。
 どうとでも考えられる。どうにも確信が持てなかった。けど。
「週に一回って約束でしょ。ホットケーキはまた来週ね」
「ちぇー」
 ふてくされてそっぽを向く息子が、とてもかわいくて。
 ――どこから来たかなんて、どうでもいい。それまでどこにいたかなんて、関係ない。
 こんなにかわいい子が、私のところに来てくれた。それで充分。
 この子が幸せで、私と夫も幸せなら、それでいい。
 心からそう思った。それで、なんの問題もない。そう思っていた。
 昨日までは。

 

 昨日は休日だった。夫の運転で、すこし遠くのショッピングセンターに足を伸ばした。
 夫が自分の買い物をする間、私と息子は食材を買いに行った。息子と手をつないで通路を歩いている時、空いたほうの手を誰かが握った。
「ママ!」
 それは女の子だった。息子と同じ歳くらいの女の子。
「ママ! ママ! おうち帰ろう!」
 その子は顔立ちはかわいらしいのに、薄汚れた地味な服を着ていた。びっくりするほど細い手で、私の手をぐいぐい引いてくる。
 最初は迷子かと思った。母親とはぐれて、私を母親と間違えているのかと。けど違った。
「ちょっと! 何してんの!」
 通路の向こうから、鬼の形相の女性がこちらに走ってくる。女の子は女性から隠れるように、私の背中に回りこんだ。それでも私の手を引っ張るのはやめない。
「ママ! 帰ろう! 一緒に帰ろう!」
「ダメだよ!」
 私が戸惑っていると、息子が女の子に食ってかかった。
「代わってもらったもん! これボクのママだよ!」
「違うの! 私のママ! 本当のママ!」
 女の子は泣き叫んで、私の手を離そうとしない。
「あっちのママ、いやなの! 私のこと叩くの! 本当のママがいい! 返して! お願い返して!!」
「なにバカなこと言ってんの、この子は!!」
 女性が追いついてきて、女の子を引き剥がした。そのままぐいぐい引きずるようにして、足早に通路を歩いてゆく。
「いやー!! ママ、ママー!!」
 女の子の泣き声が、どんどん遠ざかっていった。私は呆然と見守るしかなかった。
「……ママ」
 気がつくと、息子が心配そうに私の顔を見上げていた。
「ママは、ボクのママだよね?」
「……当たり前でしょ」
 そう答えた。そうとしか答えようがなかった。

 

 私はオカルトを信じない。
 死後の世界も、生まれ変わりも信じない。前世の記憶も、生まれる前の記憶も、科学的な説明がいくらでもつけられる。そう考えている。
 ――けれど、今は。
 私は以前ほど、息子をかわいいと思えなくなっている。

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 新作です。久々の?ホラーです。

 で、このお話には元ネタがありまして。

 2ちゃんのまとめサイトで、とある幽霊話を読みました。幽霊話とはいえ怖くはなく、むしろとても感動的なお話でして。実際ちょっと泣きそうになったりもしまして。

 したのですが……ほんのちょっとだけ、ひっかかりました。

 確かにいい話だけど、もし~だったらどうしよう、と思ったのです。

 で、このようなお話になりました。

 そのまとめサイトで読んだお話は、今回のこのお話の前半部分になりました。ほぼ原型留めてませんが、おおまかに言えばこんなふうな内容です。

 後半は完全に創作、というか私の妄想です。

 妄想の結果こんな感じになっちゃいまして。元のお話の方には大変申し訳なく思います。ただの妄想なのでお許しください。

 

 次の作品もホラーがらみ、でもホラーじゃないお話です。近日中に書きます。がんばって書きます。