歌鳥のブログ『Title-Back』

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【断片】【ここにいない由佳里】ジャアク男爵、ピュアスターダストを褒める

   ジャアク男爵、ピュアスターダストを褒める

 舞がはじめて眼鏡をかけてきたのは、小六の夏休みだった。
 その日は一緒に塾に行く約束で、近所の公園で待ち合わせしていた。いつもは遅れてくる由佳里が、その日に限って一番先に来ていた。二人で時間をつぶしていると、眼鏡装備の舞がふらふらしながら現れた。
「舞? どうしたの、それ?」
「……くらくら」
 私と由佳里は慌てて、舞をベンチに座らせた。
 が――よく聞いてみたら、舞は眼鏡が合わなくてふらついていたわけではなかった。塾用の肩掛けカバンは革製のうえに、ノートや参考書がぎちぎちに詰まっていて、小柄な舞には重すぎるのだった。
「眼鏡は合ってる。すごくいい感じ。世界が広がった感じ」
「あれー? でも舞ちゃん、目ぇ悪くないよねえ?」
 由佳里が首を傾げて、それで私も不思議に思った。
 舞は背が低いから、教室の席は前の方。でも移動教室などでは、後ろの席に着くこともある。特に困った様子はなかった。春の身体測定でも、(身長が低い、と舞が嘆いた他には)なにも問題なかったはず。
「私、乱視なんだって」と舞。
 塾の時間が迫っていたので、歩きながら話すことにした。由佳里は舞の肩掛けカバンを横から支えて、舞がふらつかないようにしてあげた。
「昨日、すごく頭が痛くなったのね。お母さんに病院に連れてってもらったら、お医者さんに『原因は乱視です』って言われたの。乱視のせいで頭が痛くなるんだって」
「乱視って、どんなの? 視力が悪いのとは違うわけ?」
「ものが二重に見えるんだよ」
 それを聞いたとたん、由佳里は舞の正面にすすっと移動して、変なポーズを決めた。
「分身の術」
「ちょっと由佳里、やめなよ」
「ふっふっふ。どれが本体かわかるまい」
「やめなってば」
「卑怯よジャアク男爵、首領なら正々堂々と戦いなさいっ」
「舞も、いちいち由佳里に合わせなくっていいから」
 支えを失った舞がまたふらふらし始めたから、由佳里はおとなしく舞の隣に戻って、カバンを支えた。
「だいたい、いまは二重に見えないでしょ。眼鏡あるんだから」
「あ、そうだった。しまった」
「ううん。いまも二重に見えてる」
「そうなの?」
 私が聞いたら、由佳里はこくこく頷いた。
「眼鏡かけても、完全に治るわけじゃないの。ただ、見やすくはなってる。ピントが合いやすくなった感じ。なんていうか、世界が広がったみたいな」
「ふうん。よくわからないな」
 知り合いに乱視の人はいなかったし、私自身がそうじゃないから、感覚がよくわからない。
「でもさー、舞ちゃん、いままでずっと気がつかなかったの? ものが二重に見えるって」
「ん~」
 由佳里の問いに、舞は首を傾げた。
「気づいてなかったと思う。生まれた時からずっとそうだったから、意識してなかった。みんなそうだと思ってた」
「ああ、それはそうだよね」
 生まれつきそんな状態なら、それが普通だと思って当然だろう。
 だけど……。舞は絵がすごく上手だし、手先も器用。ものが二重に見える状態で、どうすれば上手に絵が描けるんだろう。私には見当もつかない。
 舞は観察するのが好き。虫でも空でも人でも、ずっと長いこと飽きずに、視線を注ぎ続ける。
 そんな舞の習慣は、頼りない視力を補うためなのかもしれない。
 と、私がそんなようなことを考えていると。
「でもさ、それってお得だよね!」
 と、由佳里がいきなり大声を出した。
「お得? なにが?」
「だってさ。ものがダブって見えるってことは、なんでも人の二倍見えるってことじゃん」
「……あ」
「おいしいものとか、かわいいものとか、きれいなものとかさ。舞はなんでも、あたしたちより二倍たくさん見れるんだよ。それって、すっごくお得だよ!」
「……あ~」
 驚き顔で立ち止まった舞に、由佳里はにっこり笑いかけた。
「それにさ。舞ちゃん、眼鏡すっごく似合うし」
「うん、それは私も思う」
 私は慌ててつけ加えた。舞は半信半疑で、ちょこんと首を傾げる。
「ほんと?」
「本当に。舞、頭よさそうに見えるよ」
「ほんと? 私、賢そう?」
「うん。それに舞ちゃん、いつもより大人っぽい!」
「……ほんと?」
「嘘じゃないって! 舞ちゃん、大人っぽくてかわいーよ!」
 由佳里は舞の頭を撫でた。
「やめれー」
 舞はふらふらしながら、由佳里の手を逃れた。
「それおかしい。“大人っぽい”と“かわいい”は両立しない」
 反論しながらも、舞はちょっと嬉しそうに見えた。
 ――後から振り返ると、それは由佳里の巧妙なフォローだったように思う。
 あまり表情を変えない舞だけど、由佳里はその日の舞が不安がっていたのを、敏感に察したんだろう。はじめての眼鏡姿を人に見られるのを、舞は不安がっていたんだと思う。
 あんなふうに舞を褒めることで、由佳里は、舞を安心させていたんだと思う。
 でも、すべてがお世辞ってわけじゃない。
 実際、舞の眼鏡姿はよく似合っていた。高校生になったいまでも、それは変わらない。


 例の断片、今回は小学校のお話です。
 本編は高校入学時からはじまります。が、どうやら回想シーンの方が多くなりそうです。……で、次の記事でご相談といいますか、なんといいますか。

 追記:↑と、なんか意味深なこと書いちゃいましたが、自己解決したので気にしないでください。「次の記事」はないです。すみません。