歌鳥のブログ『Title-Back』

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見えるところにいて(追記しました)

   見えるところにいて

「世界は、俺の見てる時にしか存在しないんだよ」
 彼がいきなり、真顔でそんなことを言い出したから、わたしは「は?」と答えるしかなかった。
「俺の見てる時だけ、世界は存在するんだ。俺が見てない時には消えちまう。学校も、クラスの奴も、道も、家も、お前も」
「あ、そういうこと」
 そこまで説明してもらって、ようやく納得できた。……でも、初めて彼女を家に呼んだ時にする話題としては、すごく不似合いだとは思う。さっきまでガチガチに緊張してた私が、バカみたいじゃないか。
「それ、私も考えたことあるよ。小学校の時とか。私が見てない時は、きっとお母さんは存在してないんだろうなー、どっかに消えちゃうんだろうなーって」
「だろ? やっぱ誰でもそう思うよな」
 話題に乗ってあげたら、彼はうれしそうにうなずいた。
「俺の見てないとこで、クラスの奴らが普通に生活したり、しゃべったり、勉強したりとかしてるって考えると、頭おかしくなる。見てないとこでは存在しないんだ、って思ってた方が、ずっと楽だし、自然だよな」
 ……まさかとは思うけど、彼、本気でそんなこと信じてるのかな。高校生にもなって。普通、こういうのは小学校で卒業するんじゃないかな。
 でもまあ、彼のこういう純粋っていうか、子供っぽいところが、私は好きだったりするんだけど。
「前ネットで調べたんだけど、そういうの、他にもたくさんあるよね。なんだっけ、『世界は5分前に作られた』とか、『脳だけで水槽に浮かんでる』とか、いろいろ考えだすと楽しいよね」
「え、なにそれ知らない」
 きょとんとされてしまった。
「とにかく、俺が見てる時だけ、お前も存在するんだよ。だから、お前には、できるだけ俺から見えるところにいてほしい」
「……えーっと」
 私は答えにつまった。彼は純粋なのか、それともバカなのか。
 さっき彼は、キッチンにお湯を沸かしに行った。その時に私が視界から外れたせいで、そんなおかしな考えが頭に浮かんだんだろう。
 ……でも、まあ。
 強引に解釈すれば、それはちょっとだけ甘い、恋人どうしの会話っぽいと思えないこともない、かもしれない。
「大丈夫だよ。私はちゃんといるよ。君が見てないところでも、ちゃんと存在してるから」
 私がそう言った時、ちょうどタイミングよく、遠くでやかんのピーって鳴る音が聞こえてきた。
「ほら、お湯湧いたんじゃない?」
「あ、うん」
「早く行ってきなよ。大丈夫、君が見てなくても、ちゃんとここに存在して、戻ってくるの待ってるから」
 私が急かしたら、彼は渋々立ち上がった。ドアを開けて、体が半分廊下に出たところで振り返って、
「コーヒーでいいんだよな?」
「うん。お砂糖ふたつ。クリームはいらない」
「オッケー」
 彼はうなずいて、ドアを閉ドアを開けて戻ってきた。手にカップの載ったお盆を持ってる。
「はい、コーヒー」
「ん、ありがと」
 退屈しのぎに彼の本棚を見ていた私は、振り返ってカップを受け取った。
「……なによ、じろじろ見て」
「お前、ちゃんと存在してたか? 俺がコーヒー持ってくる間、存在やめてなかったか?」
「なに言ってんの」
 軽く笑い飛ばした。彼、やっぱり本気で信じてるんだ。バカみたい。
 私が存在やめてたなんてこと、あるわけないのに。



 リハビリついでにもう1つ。だいぶ前に書いて放り出していたものを、引っ張り出して加筆しました。
 ……ちょっとディックを意識しすぎかなあ、と思います。べつに真似しようとしたわけじゃなく、ネタは違うところから出てきたんですけど。

 2014/05/10追記:
 一部加筆、というかオチを修正してアップし直しました。こっちの方がわかりやすいかなーと思いまして。