歌鳥のブログ『Title-Back』

歌鳥の小説やら感想やらなにやらのブログです。よしなに。

【断片】【ここにいない由佳里】恥ずかしい誓い

「“口臭は五日、体臭は十日”」
 学校帰り、舞がふと立ち止まって、薬局の壁に貼ってあるポスターの文字を読み上げた。
「……」
 由佳里はそのポスターをじっと見つめてから、言った。
「懲役?」
「ぷっ」舞が吹き出した。
「普通に“治るまでこのくらいかかります”って意味でしょ」
「むー。藍音はマジメだなぁ。ボケたんだから、素直に笑いなよー」
 そう言ってむくれてから、由佳里は舞の背中に抱きついた。
「舞はちゃんと笑ってくれるからいいよねー。舞かわいいなぁーもう。舞ってば、くすくすかわいい!」
「やめれ~。蒸し暑い~」
 舞が嫌がって、じたばたした。
 梅雨も終わって、そろそろ気温が高くなってくる時期。確かに、体臭は気になる。
 女の子にとっては、切実な問題だ。駅前のカフェに移動してからも、その話題は続いた。
「ねーねー、制汗剤なに使ってる?」
「適当に安いの。だいたい百均で買ったのかな」
「私も」
「マジで? バスケ部の子に聞いたら、みんないろいろこだわってんだよねー」
 運動部の由佳里にとっては、私よりも切実な問題なんだろう。
「自分じゃわからないって言うよね。今日体育あったし、私も臭ってるかも」
 私のそんな言葉をきっかけにして、三人で同時に、自分の制服の袖をくんくんと嗅いでみた。
「……よくわかんない」舞が首をかしげる
「やっぱり、自分じゃわからないよね」
「あたし、舞の匂いならわかるよ~」
 と、由佳里が強引に首を伸ばして、舞の首筋のあたりをくんくん嗅いだ。
「やめれー。こそばいー」
「ん~、いい匂いするなぁ~。舞の体はフローラルの香りだね。フローラルかわいいよ、舞」
「由佳里、それセクハラだから。あ、懲役十日ってそういう意味かも」
「あははっ、あたし逮捕されちゃう?」
「懲役……?」
 由佳里はくすくす笑いだして、舞は首をかしげた。私は無理やり話を続けた。
「自分でわからなくっても、私たち三人なら、お互いに気づけば教えるよね」
「んー、まあ、そりゃそうか」
「でも……」
「うん? 舞、なに?」
「でも、私たち三人とも臭ってたら、お互いに気づかないかも……」
「……うわぁ」
 思わず三人で顔を見合わせた。
「それ、最悪じゃん」
「確かに。体臭三人衆とかって、学校で話題になりそう」
「“臭”と“衆”をかけてね。うまいねー、藍音」
「そうじゃないし、うまいわけでもないから」
 と、舞が私と由佳里の手を取って、三人の手を重ね合わせた。
「ね。もし、この中の誰かが臭ったら……」
「うん。そだね」
 舞の意図を察した由佳里が、手をぎゅっと握り返す。
「もし誰かが臭ったら、ためらったりしないで、すぐに教え合うこと! いい?」
 私も、もう一方の手を出して、三人の手をまとめてぎゅっと握った。
「うん、それいい。そうしよう」
「約束」
 カフェの片隅で、私たち三人は手を握りあって、恥ずかしい誓いを立てた。
「約束だかんね! もし約束破ったら――」と由佳里。
「懲役?」と私。
「口臭は五日、体臭は十日」と舞。


 サンプルページからはみ出した部分を、ちょっとだけご紹介。加筆した高校生活の場面です。
 こんな感じで、のほほんとした日常会話が続きます。いわゆる日常アニメ的なノリで楽しんでいただけるかと。……まあ、この断片の中でもいろいろ仕掛けがあるんですが。

 気に入っていただけましたら、本文の方も是非。なにとぞよしなに。