歌鳥のブログ『Title-Back』

歌鳥の小説やら感想やらなにやらのブログです。よしなに。

【ここにいない由佳里】【断片】おいしそうな匂い

   おいしそうな匂い

「ねえ」
「ん?」
「私たち、なんでここにいるわけ?」
「なんでって、雨だからじゃん」
「じゃなくて。なんで向こうのベンチじゃなくて、ここにいるわけ?」
「え、えっと……なんでだろ?」
 中一の、たしか七月の終わりごろだったと思う。
 学校帰りのがじゃまる公園。その日は塾がなくって、私たちは暇を持て余していた。黙々と絵を描く舞を見守ったりして、なんとなく時間をつぶした。
 昼間はいいお天気だったのに、だんだん雲行きが怪しくなってきた。夕方、とうとう雨が降りだして、私たちはがじゃまるの木の下に避難したのだった。
「遊歩道のベンチなら、屋根あるじゃない」
「んじゃ、そこまで走ろっか?」
「たぶん、もう手遅れ」
 その時にはもう、雨はけっこうな大降りになっていた。今さら木の下から出る気にもなれなくて、私たちは仕方なく、小降りになるまで待つことにした。
 暇つぶしの他愛もない話をしていると、そのうち由佳里が変なことを言いだした。
「なんか、お腹減ってきた」
「また? さっきもそう言ってチョコ食べてたじゃない」
「そうなんだけど、なんか……」
「おいしそうな匂いする」
 舞のつぶやきに、由佳里は「それだっ!」と飛びついた。
「それだよ舞! それでお腹減ってたんだ! そうそう、おいしそうな匂いするよねっ!」
「するする。甘い匂い」
「甘い? おいしそう……?」
 私は不思議に思った。
 私の鼻には、雨の日特有のホコリっぽい匂いと、爽やかな植物っぽい匂いが感じられるだけだった。お菓子や果物の甘い匂いなんて、どこにもない。
 なのに、
「ん~、なんだけこの匂い。すっごいおいしそう」
「私もお腹減ってきた」
 二人とも「甘い匂い」「おいしい匂い」と繰り返している。
「ねえ。甘い匂いって、どれのこと?」
 思いきって訊いてみた。二人はきょとんとして、それから難しい顔になった。
「えっと……そう言われると、そんなに甘い感じの匂いじゃない気がする」
「すかっとする匂いだよ。緑色の、すーすーする感じ」
「ガムみたいな匂い? 葉緑素入りのガム」
「あ、そう、それそれ」
 私の感じた“爽やかな植物の匂い”が、二人にとっては甘い匂いになるらしい。
「確かにいい匂いだけど、甘くなくない?」
「そうだけど……でも、あたしは甘い匂いって思ったんだよね」
「そそ」
「なんでだろ。藍音がわかんないって……」
「あ」
 不意に舞が大声を出して、まん丸な目で私たちを見上げた。
「桜餅」
「……ああ~っ!」
 由佳里も叫んで、私たちの上にある木の葉を見上げた。
「それだーっ! これ、桜の葉っぱの匂いだ!」
 私たちは“がじゃまるの木”と呼んでいるけど、実際には桜の木。
 枝には濃い緑の葉が茂って、私たちを雨から守ってくれている。この匂いは、その葉っぱから来ているらしい。
「そうだよ、桜餅! 桜餅の匂いだ!」
「桜餅、大好き」
「あたしも好き~! 葉っぱもおいしいよね、しょっぱくって」
「塩漬けにしてあるんだよ。私、葉っぱだけ別にして食べるの好き」
「あははっ、それ超しょっぱくならない?」
 二人は納得して、盛りあがっていた。
 けど、私はまだ納得できてなかった。
「ねえ。桜餅って、こんな匂いだった?」
「へっ?」
 二人はまたきょとんとして、不思議そうに私を見た。
「波戸ちゃん、桜餅食べたことないの?」
「あるけど、こんな匂いじゃなかったと……思う」
「最後に食べたのって、いつ?」
「えっと……小五かな。給食に出てきたでしょ」
「……あ~」
 由佳里が(それは仕方ない)みたいな、呆れた顔をした。
「給食のはニセモノだよ。桜餅のニセモノ」
「ニセモノって……そんなのあるわけ?」
「あれ、葉っぱがビニールじゃん」
 確かに、記憶の中の桜餅はビニールの葉っぱに包まれていた。
「本物の桜餅はね、本物の葉っぱで包んであるんだよ」
「そそ。桜の葉の塩漬け。しょっぱくておいしい」
「葉っぱごと食べると、甘じょっぱくって超おいし~んだよね~」
「……そうなんだ」
 話を聞いているうちに、私もお腹がすいてきた。
「駅ビルのとこに和菓子屋さんあったよね。あそこに売ってないかな?」
「たぶん売ってる。前に見たことある」
「買いに行きたいけど……雨止んでからだね」
「うぅ~、それまで待てないよ~。お腹減った~」
 由佳里はすっと手を伸ばして、低い枝から葉っぱを一枚むしり取った。
「ちょっと、食べないでよね」
「食べないよ。食べないけどさぁ」
 つぶやきながら、由佳里は何気なく葉っぱをひっくり返した。
 裏側に、大きな毛虫がいた。
「――ひぁぁぁぁぁ~~~~っ!」
 変な悲鳴をあげて、由佳里は葉っぱを投げ捨てた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 私と舞も悲鳴をあげて、三人でずぶ濡れになりながら、遊歩道まで走った。
 ――その日は買いに行けなかったけど、次の日の放課後、駅ビルの和菓子屋さんで桜餅を買って食べた。
 その時から、雨の日の桜の木は、私にとっても“おいしそうな匂い”になった。


 新作です。いつもの断片です。
 どうにも調子が出ないので、気晴らしに書いてみました。こちらは中学のお話なので、入れるとすれば第三部なのですが……入れる場所があるかどうか。かなりどうでもいいお話なので、カットになるかもしれません。
 が、私はこのお話が大好きです。
 このお話書くにあたって、ウィキペディアさんとかでいろいろ調べました。「本来、桜の葉は匂わない」みたいなことが書かれていたのですが、桜の葉、匂いしますよね? 雨の日なんか特に。
 おいしそうな匂いだなーと、いつも思っていたのでした。で、こんな感じのお話に。

 もともと「他愛もないお話」を書くのがコンセプトなので、こういうどうでもいいお話を書くときには、この三人はとても便利です。
 どうでもいいお話ですが、感想とかあったらコメントしてってください。