【本】去年を待ちながら
ディックの新しい魅力を認識できた、かもしれません。
こないだのこちら https://blogs.yahoo.co.jp/songbird_i/38530220.html に続いて、ディックの新訳です。
……これ読んだつもりでいました。どうやら『逆まわりの世界』と混同していたようです。
星間戦争に巻きこまれて戦乱状態の地球。雇われ臓器医師ののエリックは、雇い主の有力者ヴァージルの意向によって、地球の命運を左右するほどの重要な仕事を任されます。一方エリックの妻キャシーは、服用した最新ドラッグの影響を受け、時空を彷徨いはじめ……。
えーと。あらすじは↑の通りなのですが。
読み終えた今になっても「これはこーいう話です」とひとことで説明できません。前回の『壺なおし』もそうでしたが、「なんじゃこりゃ」っていうのが率直な感想でした。
まあ、面白いんですけど。
ガジェットがいちいち強力すぎます。ヴァージルの子供時代をそのまま再現した遊戯施設“ワシン35”とか、それ単体でも長編書けそうなネタです。そんな強力なネタがふんだんに、これでもかってくらいゼイタクに使われています。
この山盛りのガジェットだけで、充分に楽しめます。
が、それがストーリー上で効果的に使われてるかというと……って、いかん、巻末の解説に書いてあることそのまま書き写してるみたいになっちゃう。
この素敵すぎるタイトルも、効果的とはあんまり言えません。なにしろ時間が乱れすぎて、去年だか来年だかわかんない状況になっちゃうので。
2つの異星間の戦いに巻きこまれ、地球の権力争いにも巻きこまれ、さらに妻によってヤク中の禁断症状地獄に巻きこまれる主人公。その主人公が最後に下した結論は……というところで改行入れます。
結局のところ、最後は「妻を見捨てずにいよう」という結論でした。
それ以外のこと、戦争だの権力争いだの、地球の命運だのといったことは全部棚上げ。すべてが中途半端なまま、なんの結論も出ずに終わってしまいます。
なんというか……もやもやします。
もやもやします、が。
後々になってよく考えると、これがいちばん人間的な結末なのかなーと。
エリックの立場になってみると、これだけクソ面倒なこと押しつけられれば途方にくれて当然です。一貫した行動がとれなくても無理ないですし、ましてや高尚な目的(たとえば「戦争を止めよう」とか)なんて果たせないでしょう。
上記の結論を出せただけでも、人間的には尊敬に値します。
というようなことを考えているうちに、ディックの他の作品を思い出しました。『時間飛行士へのささやかな贈り物』という短編です。
あの物語、あのどうしようもない結末は、SFとしてはどうかと思うような内容です。
が、極めて人間的な結末だとも言えます。
ディック作品に対する評価、「文学的にも優れた作品」という評価は、こんなところから来ているのかもしれません。
奇抜なガジェットとか悪夢的な状況に目を奪われなければ、そういうところに気づけるのかも。
いずれにせよ、近いうちにもう一度読み直したい気分です。ディックの他の作品も、違う観点で読み返してみると新しい発見があるかも。