おあずけまいちゃん
あけまして短編「おあずけまいちゃん」
舞は3日の午後、晴れ着姿で帰ってきた。
「うわっ、まいちゃんかわい~!」
「本当にかわいい。どうしたの、それ?」
家の前で待っていた由佳里と私は、舞の晴れ着を口々に賞賛した。けど、
「……」
舞はなにも答えなかった。目は由佳里の胸元に釘付け。
「それ、どうしたの?」
「あ。この子ね、おとなりの子!」
由佳里は腕の中に、毛むくじゃらの小犬を抱いていた。
「おとなりがおでかけだから、うちで預かってるの!」
「……ヨークシャーテリア」
舞は子犬に手を伸ばしかけて、慌てて引っこめた。
「着物、よごれちゃう……」
お正月、舞はおばあちゃんの家にお泊りしていた。向こうで晴れ着に着替えて、帰りに初詣を済ませてきたのだそうだ。
「夕方おみせに返すんだって。よごしたら怒られちゃう」
「え~、そうなんだー」
由佳里はがっかりした声で、でもちょっとだけ頬を緩ませて、
「みんなでワンコと遊べると思ったのにな~」
私は動物が苦手で、犬には触れない。舞が来る前は、由佳里がひとりで犬と戯れていた。
午後も犬を独占できると知って、由佳里はほんのすこしだけ、嬉しそうだった。
「……む~」
まんまるの目で子犬を見つめて、舞はうなった。
――着替えて犬と遊びたい。でも、晴れ着を着られるのは夕方まで。
舞の内心の葛藤が、私にも伝わってきた。じっと立ちつくしたまま、指先をぷるぷる震わせる舞は、おあずけされた犬みたいだった。
「待ってて!」
いきなり叫んだかと思うと、舞は家に駆けこんだ。1分後に戻ってきた時には、舞はてるてる坊主になっていた。
「遊び行こ!」
「まいちゃん、それ……」
舞は晴れ着の上から、ビニールのゴミ袋を着ていた。真ん中に穴をあけて、頭だけ出した格好。両手はビニールの中で、辛うじてもぞもぞしている。
「きゃははははっ! まいちゃん、かわい~!」
由佳里がけたけた笑った。
私はびっくりして、笑うところじゃなかった。
せっかくの晴れ着なのに、てるてる坊主では台無しだ。手が使えないから、抱っこもできない。
「それ……いいわけ、それで?」
「あったかい」
「……そうだろうけど」
――結局、舞は暗くなるまでてるてる坊主だった。
両手を使えないまま、舞は子犬と追いかけっこをしていた。由佳里はそれを見て笑い転げ、私はそんな2人を見て笑った。犬と遊べなくても、充分楽しかった。
お正月、晴れ着を着た女の子を見かけると、つい思い出して笑ってしまう。
小1の冬の、ちょっとした思い出。
年賀状がわりに毎年皆様に送りつけている「あけまして短編」、今年の分です。
ネタに苦しんだ時は文章が長くなる傾向がありまして。このお話、予定ではこの3倍くらいありました。どーしても必要な箇所を残してばっさり切った結果がこれです。
削った部分が悔しいので、個人的にどーしても入れたくて悩みに悩んだ
舞ちゃんが着物を脱ぎたがらなかったのは、道中お兄ちゃんに「かわいい」と褒められたから
というネタを、今ここに記しておきます。
あけましておめでとうございます。
本年も当ブログをよろしくお願いいたします。