歌鳥のブログ『Title-Back』

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【断片】【ここにいない由佳里】コンニチハ、ボクゆかり石

   コンニチハ、ボクゆかり石

「あ、ちょっと待って」
 遊歩道の途中で、由佳里はいきなり立ち止まった。
 舞と私が見つめる前で、由佳里は道の隅っこに置いてある大きな石に手を合わせて、目を閉じて深々と頭を下げた。それから、戸惑ったように顔をしかめて、
「おっかしいなぁ~」
 と、首を傾げた。
 私と舞は顔を見合わせた。
 それは中三の春、放課後。三人で由佳里の家に遊びに行く途中の出来事だった。
 そろそろ受験がどうこうっていう話も出てくる時期だ。けど、受験の願掛けにしては、由佳里の行動は意味がわからな過ぎた。
「由佳里、なにしてるの?」
「うん。あのさ、この石がさ」
 と、由佳里が傍らの石を示す。それは大きな、私たちの頭くらいありそうな大きさの石だった。私の力だと、きっと持ち上げられない。
「この石、この前通った時はなかった」
 と、観察眼に定評のある舞の指摘。ここは由佳里の家の近くで、舞と私は普段、ここを通らない。この前通ったのはたぶん、1ヶ月以上前だと思う。
「さっき、向こうで新しい家建ててたじゃん?」
 と、由佳里は後ろの方を指さして説明した。
「三学期の終業式の日、帰りにあそこ通ったら、ちょうど土台の工事が終わったとこでさ。この石、そこにあったんだ。たぶん土を掘り返した時、出てきたんだと思う」
「その石が、なんでここにあるの?」
「あたしが運んだから。転がして」
 さっき通った新築の家からここまで、ざっと200メートルは離れている。
 人気のない遊歩道で、制服姿の中学生が、大きな石を転がしてゆく姿を想像してみた。きっと、恐ろしくシュールな光景だったろう。
「なんでそんなことしたの? 持って帰るならともかく。って、持って帰るのも意味わかんないけど」
「だってほら、ここがちょうどいい場所かなーと思ってさ」
「ちょうどいい? なにが?」
「拝むのに」
 ますます意味がわからない。
 私と舞が戸惑っていると、由佳里はいきなり説明をはじめた。
「あたしさ、神様って、こんな感じで生まれるんじゃないかなーと思うんだ。誰かがこういう石を見て、『これ、人の顔みたいに見える』って思うとするじゃん? 一度そう思ったら、その石を踏んだりとか蹴ったりとか、やりにくくなるじゃん」
「……うん、まあね」
「そのうち、なんか嫌なことがあったりしたら、石に愚痴を言ってさ。いいことがあったら、石に報告したりしてさ」
「……うん」
「他の人も面白がって、真似しはじめてさ。そういうのを何年も、何十年も続けると、みんなその気になっちゃって、石が神聖なものに見えてきちゃったりするんだよ。いいことがあったら『石のおかげじゃ~』ってなるし、悪いことは『石がお怒りになったのじゃ~』ってね」
「……うん」
「そしたら、石もその気になって『あれ、もしかして俺、すごいんじゃん? 偉いんじゃん? すげー力持ってるんじゃん?』って、勘違いするようになるよね」
「……」
「また何十年とか何百年とか過ぎたら、勘違いしてその気になった石も、本当に力を持つようになるかもしれない。神様って、そんな風にできたんだと思うんだよ」
「……なるほどね」
 理屈はわからないこともない。
 反論しようかとも思ったけど、あまりにもバカバカしくって、その気にならなかった。
「んで、実験してみたんだ。この、ただの普通の石も、毎日拝んであげてたら、勘違いして神様になるんじゃないかなーと思って」
 反論してみようかと、今度は本気で思った。けど、あまりにも自信ありげな由佳里を見て、その気が薄れてしまった。
「この1ヶ月くらい、あたし毎日、この石を拝んでるんだ」
 と、由佳里は不満そうに石を睨みつける。
「だから、そろそろ喋りだしてもいいころなんだよね、この石」
「それはないから」
 さすがに我慢しきれなくって、私は口を挟んだ。
「えー、なんでぇ?」
「石が喋るわけないじゃない。もし由佳里の説が正しかったとしても、石が意思を持つようになるまでには何百年もかかるんでしょ? たかだか一月拝んだくらいで、石が喋るわけないじゃない」
 図らずもダジャレみたいになってしまった。幸い、由佳里も舞も気がつかなかった。
「んなことないって。喋るよ。本気で喋るって信じてれば、絶対喋るって。ほら、『信じるものは救われる』って言うじゃん」
「それ意味違うし、意味わかんない」
「コンニチハ!」
 と、突然、甲高い声がそう言った。
「……ぷっ。あはっ、ふひゃははははっ!!」
 一瞬の沈黙の後、由佳里が大声で笑い出した。
「ほら藍音、今の聞いた? 喋ったよ! 石が喋った!」
「いや、今の舞だから」
「ゆかりチャン、コンニチハ!」
 と、舞が裏声で喋っている。もちろん舞は腹話術なんてできないから、唇がばっちり動いちゃってるのが、はっきりとわかる。けど、舞は気にしなかった。
「ボクゆかり石ダヨ! イツモ拝ンデクレテ、アリガトウ!」
 その安直なネーミングに、思わず私も吹き出してしまった。
「ゆかり石って……神様っていうより、呪いの石みたい」
「そっかー、ゆかり石クンか~」
 由佳里はにこにこ笑いながら、しゃがみこんで石を撫でた。
「キミのおかげで、あたしの説が正しいって証明できたよ。こっちこそありがとね、ゆかり石クン!」
「ドウイタシマシテ」
 その後、私たちがその遊歩道を通るたびに、私か由佳里が石に「こんにちは」と話しかけ、舞が裏声で「コンニチハ!」と返す――というのが、定番のジョークになった。
 あれから一年。石は今でも、遊歩道の隅に置いてある。
 この道を一人で通る時、私は心の中で(こんにちは)と話しかける。返事は聞こえない。
 由佳里が今でも、ゆかり石に手を合わせているかどうかは、わからない。


 昨日勢いで書いたものです。短編じゃなくて、断片。これから書く予定の長編の、一部を切り取って試しに書いてみました。
 長編の完成がいつになるかは全くの未定です  。どうにもうまくいかないので、いきなり途中から書いてみた次第。一応ライトノベルっぽいものを意識してみたんですが、どうなんでしょ。