卒業の日に打ち明けた本当のこと
卒業の日に打ち明けた本当のこと
「ねえみんな、ちょっと聞いて」
卒業式の余韻でざわついていた教室は、その一言でふっと静かになった。クラスメートたちは一斉に口をつぐんで、教壇に注目した。
「私、みんなに黙ってたことがあるんだ」
黒板の前に立つ育美は、式の前よりも緊張しているように見えた。顔は青ざめて、冷や汗もかいているようだった。
「今日で最後だから、みんなに本当のこと言っておこうと思って。実はね、私……」
育美の深刻な様子に、クラスメートたちが集まってきた。そんな皆の視線を避けるように、育美は顔を伏せ気味に、それでもはっきりとした声で続けた。
「私、浪人してるんだ。中3の時に病気になって、入試受けられなくって。1年休んでから試験受けて、入学して。だから……だからね、私、本当はみんなよりひとつ年上で」
「ばっかじゃねーの」
と、いちばん近くで聞いていた観月が突然口をはさんだ。
「ったく、いきなりマジメな顔してなに言い出すかと思ったら。なに、あんた、んなくっだらねーことで悩んでたん?」
「え」
「誰が気にすんだよ、んなこと」
観月は吐き捨てるように言った。さっきの育美と同じように、顔を伏せ気味にして。
「さっさと言やーよかったのにさ。ちっせーことでウジウジ悩んで、ばかじゃね? あんたが何浪してたって、誰も気にしねーっつの。っつーかさ――」
育美は、観月の声が震えているのに気づいた。観月の横顔は真っ赤で、まつ毛には小さな水滴が滲んでいた。
「あんたが浪人したから、うちら同じクラスになれたんじゃん。だから……だから、逆に浪人してくれて感謝、みてーな……」
「ちょっと観月、それ失礼すぎ!」
それまで黙って聞いていたクラスメートが、そこで一斉に笑いだした。
「そうだよ観月、それじゃ浪人してよかったみたいじゃん」
「みたいって言うか、はっきりそう言ってるよね」
「でも本当だよ。私、育美と同じ学年になれてよかった」
「私も!」
「敬語なんて使わないからね、育美!」
皆が育美を取り囲んだ。肩や背をばしばし叩かれて、育美は何かしゃべるタイミングを完全に失ってしまった。
「それよりさ、みんな、このまま帰るなんてないよね?」
「打ち上げ、どこにする? イオヌの上とかでいいかな?」
その打ち上げの帰り道。すっかり暗くなった住宅街を、育美と観月が並んで歩いていた。
「な? あたしが言ったとおりだったろ?」
「うん……本当だね」
「ったく、あんたは気にしすぎだっつーの」
「だね。観月に相談しといてよかった。本当、ありがとね」
育美にそう言われて、観月は照れくさそうに顔を背けた。
「誰も気にするわけねーっつの。ばっかみてー」
「うん……でもさ、それも観月のおかげだと思うんだよね」
「あぁ?」
「あの時、観月、泣きそうな感じだったでしょ。だからみんな気を使って、笑えるっぽい雰囲気にしてくれたんじゃないかな。私そう思ったんだ」
育美はにっこり笑って、もう一度観月にお礼を言った。
「ありがとね、観月。にしても、本当、観月って演技うまいよね。さすが演劇部のエース……あ痛っ」
ぽこんっ。乾いた音を立てて、観月は卒業証書の入った筒で育美の頭を叩いた。
「なんで? なんでそこで叩くかな?」
「ムカつく」
「だから、なんでさ?」
「うっさい」
観月はむくれてそっぽを向いた。
「ったく……演技じゃねーし」
「え? 今なんて?」
「なんでもねーし」
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昨日の今日ですがまた更新。正月にぶっ倒れた(略)ノートに書いたネタ、その2です。
本当はもうちょっと練り直すつもりだったんですが、そうなるとアップが4月になります。4月にこのお話をアップするのはとっても間抜けなので、急遽まとめた次第です。
……えーと、まあなんだ。
このお話は『わたモテ』読んでて思いついたのです。由佳里のお話とは別に、なんかこんな感じの、青春っぽいお話を書きたいなーと思いまして。
このご時世、卒業式ができなかった方も大勢いらっしゃるでしょうが。このお話で、ちょっとでも卒業式気分を味わっていただけると嬉しいです。
感想とかもろもろいただけると嬉しいです。よしなに。